ひとり忍びの国座談会

8月以降も上映してくれるかどうか、ハラハラする中、

思い切って両親を誘ってみました。

高齢のため、断られるかな〜と思ってたんだけど、

なんと、母はOKしてくれました。

時代劇は父の方が好きなんだろうけど、

ずっと座ってるのがダメみたいで(;A

というわけで、月曜日に行くことになったのですが

3日もすると禁断症状出ちゃうので、

今日もひとりで6度目、忍んできました。

またまた頭の中をグルグルまわってることを

書き記しておこうと思います

どうも、山宮です。

観ている間は、無門が出ているシーンはもちろん、

それ以外でも飽きさせないというか、

あっという間にラストを迎えちゃう。

そして鑑賞後に次と感情の波が押し寄せてくる。

私ね、無門と平兵衛の川のシーン、

途中で二人が少し微笑んだように見えて、

それがなぜかまだはっきりとわからないんだけれど、

川の前は約束なんて守る気ないように見えた無門が

川の後には平兵衛の最後の言葉を汲んでいるように見える。

原作ではそうではないように書いてあるけど、

かわいそうにっていう言葉だけを聞いても、

確実に無門の中で何かが変わってる気がする。

銭のためではなく、誰かを守るために命を懸ける平兵衛と戦って、

今まで目を背けてきた自分の運命や生き方を

直視することになったのかな?

それともやっぱり、

ただ大事なお国を危険な目に合わせたっていうことだけで

標的を変えただけなのか??

考えてみれば、お国との会話ひとつひとつをとっても

いろんなことを教えてもらってるんだよね。

その場では、無門には響いてないように見える。

平兵衛とのシーンでもそうだったけど、

実は少しづつ効いてたのかもしれない。

自分と同じ境遇のねずみくんがケガをした時、

他人事のように語る無門。

一方でお国はそれを見て取り乱したり心配したり、

人としてはそれが普通の感情よね。

でも無門は今まで誰かに心配されることなどなかった。

だから、お国に

ご無事で

なんて言われて、めちゃくちゃうれしかったんだろうね。

だからこその

これだよ、これ!

なんだな〜って思うと、なおさら愛おしくなっちゃうの

どうしてもね、お国が生きていたらって思ってしまうんだけど、

作品として見ると、死んでしまったからこそ

無門の絶叫やあのセリフが生きてくるのかも。

そして心に突き刺さったまま残ってるんじゃないかと。

ダークヒーローって

私が若い頃よく観に行ってた洋画のイメージだと、

何かの復讐を果たすべく敵地へ乗り込んで行き、

みごとにやっつけて気持ちよく終わるっていうパターン。

もちろん、そういうのって後味もよくてスッキリするけど、

忍びの国はそういうのとは違ってる。

だからなのかな?

何度も会いに行ってしまうのは

以上、山宮でした。