素描・映画「風立ちぬ」(完成原稿)

 これを何と評すればいいのか。

 まず、映画は堀越二郎の敬愛する設計家との夢から始まる。ロマンチック。思い入れたっぷり。この主人公、二郎に黒澤映画のような、人物の理想化された姿を感ずる。彼の性格。美化され、若干地に足がついていない。もう少し腰の据わった描写が必要かと思う。恋愛映画であるが、菜穂子との恋模様に現実味が希薄である。夢の情景のようだ。観客は平常心で映画を観ている。こんな描き方で説得力のある作品になるのか。

 突如起きた関東大震災を、まるである種の魔物のように描いており、興味深い。もっと感心するのは、綿密な時代考証を下敷きにした当時の風俗・民衆の姿だ。隅々にまで気が配られており、本物であることを大切にする宮崎駿らしく、描写に重厚さのある迫力の作画である。主要人物では、二郎より本庄に人間臭さを感ずる。また、彼らの日常、設計班の仕事ぶりが面白い。描写が緻密で、さまざまな人間模様が描かれる。

 菜穂子喀血の報。矢も盾もたまらず、駆けつける二郎。上京の列車の車中で設計図の計算の傍ら、ぼろぼろ落ちる涙。思い入れたっぷりに描いている。過剰なほどのロマン。

 また、併せて描かれる航空工学の未来への展望、戦争と現実。だが首を傾げるのは、これらを対比するわけでもなく、客観描写するわけでもなく、整理せぬまま一緒くたに描いている。敗戦の惨状にはふれていない。果てない空への夢を語り、菜穂子の死を夢の終わりのように美化した挙げ句、敬愛する設計家と去ってゆく。爽やかには違いない。が、結論は何も出ていない。観客の心には曖昧模糊としたものが残ったままである。空へのロマンは強く感じられるが、反戦のメッセージはオブラートに包まれ、むなしく消えてしまった。